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引き続き

古事記を読んで、非常に興味深かったのが、神様達の最初の登場シーン

初めに3柱の神様が登場するんだけど…

「成り」出るんだ

何処からともなく、成るんだよ、成り出ちゃうんだ

それから、次々17柱の神様が成り出て…

ちなみに16番、17番に成り出た神様が、あの有名なイザナギとイザナミ

で、その後はこの2柱によって神産みが行われ、個別に産んだのも含め、ざっくり80位の神様が「産み」出された

あの、天照大神もスサノヲもその時に産み出された

この超然と「成り出た」神と、誰かによって「産み出された」神の描写の違いが気になるんだ

はっきり何らかの意図があったんだよね?

でも、超然と成るって考え方が、古代の世界観なのかと思うと非常に興味深いよ

ちなみに、人間が住むこの国土を葦原の中国(あしはらのなかつくに)と言って、葦の生い茂る穀物豊かな国って意味らしい

当時、葦って生命力豊かな象徴とされてるらしく、神々の名前に葦と言う字がたくさん用いられてます

で、人間の事を描写してる場面が、黄泉の国でイザナギとイザナミが対立するシーンで語られるんだけど

人間の事を「青人草」って描写してるんだ

人間は草だったんだね

青々と生い茂るが儚いって意味かな?

実は、前回触れた桜の化身と言われる、コノハナサクヤ姫

この姫には、桜の持つ華やかな生命力と共に、すぐに散ってしまう儚い有限性が語られてるそうです

この相反する性質を持った桜に古代の人が共感性を見出していた事と、人を青人草って描写する世界観とはリンクしてる気がするんだ

そうやって読んで行くと古事記は興味が尽きないんだ

まだまだ楽しめそう!






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